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緑の谷・赤い谷**

新潟県にかつてあった鉱山と周辺の昭和の記録…と散歩。「旧名 猿と熊のあいだに」

はじめに

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「新潟県新発田市東赤谷」これが私の生れた故郷の住所です。 そこにはかつて日鉄赤谷鉱業所の社宅が存在し2~4世帯入った棟割り長屋が50数棟ありました。また他の施設、関係各社の建物も含め、多い時には700~800人くらいの人々が住んでいたのではないでしょうか。 この社宅群の位置は、ほぼ北東に面していて前に飯豊川(加治川)の流れを見て、背後には山がせまる言わば河岸段丘の上にありました。 ここで私は18歳...

道の行方(日曹飯豊下流集落と上流集落をつなぐ道)

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古里から遠く離れ、かつまた幾十年も経った身ではあるけれど、ふとした瞬間に幼い頃の記憶がよみがえることがある。それは顔にあたる風の強さや匂いであったり、知らぬ街や山里のちょっとした道のカーブに出会ったりした時などに、頭の中というよりは体の感覚として先ずよみがえる。だから正確に言えば脳が記憶として蓄えているわけではないので、通常の記憶と呼ばれているものとは別のものであるのかも知れない。ふわっとした感覚...

東赤谷連続隧道(スノーシェッド)補修工事完了後の姿

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赤谷から加治川治水ダムに至る県道滝谷上赤谷線の途上に、この連続したトンネル(スノーシェッド)はある。かつての東赤谷集落から、およそ2キロの地点より4つのトンネルが連続して続く。最近それが「すごい産業遺産」として雑誌にも取り上げられ、単にトンネルとかスノーシェッドと言われていたものが「東赤谷連続隧道」といういかにも興味を引きそうな名で呼ばれているのに驚いた。その「東赤谷連続隧道」の補強工事が今年始ま...

樽口峠にて

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曇天の中、樽口峠に行ってみたが紅葉にはちょっと早かった〜。早いと分かっては居ても、ざんね〜ん。...

東赤谷の人口について

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私は常々、昭和の東赤谷にはどれ位の人たちが住んで居たのだろうか?・・・という事にモヤモヤとした思いを持っていた。東赤谷といっても、それはほとんど日鉄社宅の人口で、その地に18歳迄しか住んでいなかった私には、そこに何人の人々が暮らしていたのか?などとはチョッピリとも考える余地はなかった。ところが先日、昭和36年の東赤谷における中学生徒数は56名であったという記事に触れ、ますます当時の東赤谷の人口が気...

鉱山(ヤマ)の子供_4

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いつだったか何気なくテレビを見ていたら現代の産婆さんとかで、80を超えたおばあさんが現役で働く姿が映っていた。番組の中で、ある家族は三代に渡ってお産のお世話になっているような事を言っていた。 それはそれですごい事だなと思ったのだが、私の生まれ育った日鉄社宅にも産婆さんはいて、折しもベビーブームの真っ只中、その手で取り上げた赤ん坊の数は相当なものだったと思う。 手元に昭和36年度の赤谷中学校の生徒数...