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緑の谷・赤い谷**

新潟県にかつてあった鉱山と周辺の昭和の記録…と散歩。「旧名 猿と熊のあいだに」

はじめに

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「新潟県新発田市東赤谷」これが私の生れた故郷の住所です。 そこにはかつて日鉄赤谷鉱業所の社宅が存在し2~4世帯入った棟割り長屋が50数棟ありました。また他の施設、関係各社の建物も含め、多い時には700~800人くらいの人々が住んでいたのではないでしょうか。 この社宅群の位置は、ほぼ北東に面していて前に飯豊川(加治川)の流れを見て、背後には山がせまる言わば河岸段丘の上にありました。 ここで私は18歳...

赤谷線鉄道開通記念赤谷名所絵葉書_6(官営八幡製鉄所専用線飯豊川橋梁)

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今に残る袖ノ沢鉄橋いわゆる飯豊川橋梁は鉱石運搬用に大正11年(1922)、新発田駅〜鉄山駅(簀立沢駅)間に敷設された官営八幡製鉄所専用線の飯豊渓谷を渡るガーダー橋である。製造されたのは大正10年(1921)であるから、間も無く100歳を迎える。この専用線は一旦廃線となった後、大正14年(1925)に国鉄赤谷線として新発田駅〜赤谷駅間が営業を開始し、更に昭和16年には東赤谷駅まで延伸され、それより先の鉄山駅までは日鉄赤...

赤谷線鉄道開通記念赤谷名所絵葉書_5(旧国鉄赤谷線 赤谷駅)

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大正14年(1925)、赤谷線営業開始時の終着駅は赤谷駅です。そこから更に東赤谷駅まで延伸されるのは、太平洋戦争開戦の年に当たる昭和16年(1941)まで待たないといけません。とにかく赤谷線は五十公野・米倉・赤谷の三駅で開通したわけで、すでに各駅の写真を見てお気付きかもしれませんが駅舎の造りが皆同じです。これは経費節約の意味もあったろうし、いかに突貫工事であったかが窺えます。●右下に積まれている枕木は良く見る...

古社散歩

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大宮氷川神社をブラブラ。...

赤谷線鉄道開通記念赤谷名所絵葉書_4(旧国鉄赤谷線 米倉駅)

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かつての米倉は会津街道と安田街道の交差する主要な地点であった。昭和36年発行の「新発田郷土史」によれば、当時米倉街道筋には慶安年中に植栽された古松の株数が73本あったそうである。一体現在は何本の松が残っているのだろう・・・。写真でも駅の周囲に何本かの松が見えるが、私の記憶の中にも米倉駅の松は残っている。他に米倉駅で記憶が残っているのは、貨車(客車)⦅機関車かもしれない?⦆の入れ替えで冬季には連結器が凍...

赤谷線鉄道開通記念赤谷名所絵葉書_3(旧国鉄五十公野駅)

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五十公野で「いじみの」と呼ぶ。戦国の世、かの地を支配した「五十公野氏」に由来する地名と聞いたことがあるが、国鉄時代「五十公野駅」は難解な読み方の駅で上位に居たのではないかと記憶する。さて今日の写真、大正14年(1925)11月20日の赤谷線営業開始に合わせて急遽建設された「五十公野駅」の工事中の模様である。沿線住民の長年の夢が叶い、喜びは大変に大きかったと思う。その時、およそ60年後に赤谷線が廃線になるとは誰...